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水戸地方裁判所 昭和35年(ヨ)81号 判決

申請人 青木千恵

被申請人 協同組合水戸駅観光デパート

主文

被申請人が昭和三五年三月一六日付をもつて申請人に対してなした懲戒解雇の意思表示の効力を本案判決確定に至るまで停止する。

被申請人は申請人に対し昭和三五年四月一日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り一カ月金六、九〇〇円の割合による金員を仮りに支払わなければならない。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、当事者の申立並びに主張

申請代理人は、主文一、二項と同旨の裁判を求め、その理由として、

一、被申請人は、水戸市柵町三七番地に本店を有し、水戸駅構内において各種物品の販売を営む協同組合であり、申請人は昭和三一年七月一五日被申請人に雇傭された従業員であつて、被申請人の従業員をもつて組織する水戸駅観光デパート労働組合(以下単に労働組合という)の執行委員長の職にある。

二、被申請人は、昭和三五年三月一六日、申請人に対し、同日付文書をもつて、就業規則第五八条(2)項、(5)項に該る事由があるとして同規則第五九条(5)項に基づき懲戒解雇する旨の意思表示をなし、右文書は翌一七日申請人に到達した。

三、しかしながら、右懲戒解雇は次の理由により無効である。

(一)、就業規則所定の右懲戒解雇理由に該当する事実は存しない。

被申請人が主張する解雇理由は、申請人が昭和三四年八月二日洋品売場内四番レジスターの経理業務に従事中同日の売上金に四、九九〇円の不足を生ぜしめたところ、被申請人は再三申請人に対し右不始末を詑び被申請人の処分に従う旨の始末書を提出するよう求めたにもかかわらず、申請人がこれに応じなかつたのは、就業規則第五八条(2)項、(5)項及び第五九条(5)項に該当する、というのである。しかし申請人の所為は右就業規則所定の解雇理由に該当しない。

(1) 申請人が本件懲戒解雇を受けるに至つた経過は大約次のとおりである。

申請人は、昭和三四年八月二日、申請外桑名富子とともに洋品売場内の四番レジスターの経理業務に従事したところ、翌三日経理事務係の二方某から前日の四番レジスター売上金に四、九九〇円の不足が生じている旨注意を受けたので申請人はその原因を調べたが判明しなかつた。ところが同月二五日に至り被申請人経理部長橋本庄衛門は申請人を呼び右レジスター売上金不足の件で自己の不始末を詫び被申請人の処分に従う旨の始末書の提出方を命じた。しかし、右レジスターの不足金の発生が申請人ないし申請外桑名富子のいずれの過失に基くか判明しないし、かつ右の如き場合においても従前始末書の提出を命ぜられた事例がないので、申請人は右始末書の提出を留保した。

そこで申請人が始末書の提出を命ぜられたことを知つた労働組合は、被申請人が後述の如き不当労働行為を行つた経緯に鑑み、執行委員長である申請人に対し前例のない始末書の提出を求めたことから考えて被申請人が右始末書を利用して申請人を懲戒処分に付し以て労働組合の抑圧を企てることを慮り、かつは将来この種の事故の発生を防ぐためにも申請人の右件を含めたレジスター全般の問題につき業務の改善に関し協議解決することを求め、被申請人に対し団体交渉を申入れた。ところが、被申請人は申請人の右件は申請人の個人問題であり交渉事項に該らないと称して団体交渉を拒みつづけるとともに、申請人に対しその後数回にわたり重ねて始末書の提出を求め、越えて昭和三五年三月一六日申請人に対して同日付文書をもつて前述の如く懲戒解雇処分の通告を行つた。

(2) 被申請人が、本件懲戒解雇の適用法条として掲げるところは就業規則第五八条(2)項「故意怠慢過失又は監督不行届によつて事故を起し或はこれによつて店の信用を害し又は損害を生じたとき」及び(5)項「職務上の指揮命令に対し再三警告を受けるも不当に従わずこれに反抗したとき」というにある。

しかしながら、被申請人におけるレジスターの制度は、一台を二名で担当し早番と遅番の勤務があり、その引継ぎが勤務の中途で行われるため現金の不足が生じてもその原因を明らかにし難く、かつレジスターの記録紙はレジスター担当の者が点検することなく被申請人事務部の者が取り外してゆくのでレジスター担当者が記録紙と現金とを対照することができない仕組になつている。従つて右の如きレジスター制度の欠陥からして売上金の不足が生じても何人の行為により発生したかを明らかにすることができない。

本件売上金の不足もレジスター制度の欠陥に基因し担当者個人の責に帰することができないし、まして申請人の故意又は怠慢によるものでは決してない。にもかかわらず被申請人は深く調査もせずして恣に申請人の責に帰するが如き独断を敢てしているのであつて、申請人に前記就業規則第五八条(2)項を適用することはできないのである。又同条(5)項の点については、従来本件同様の事例につき始末書を提出せしめたことがないこと、かつ右の如く事故の原因も不明であつて申請人の責に帰すべきか否か明らかでないこと、更に若し申請人が始末書を提出すれば、後述する如き被申請人の過去の不当労働行為の経緯に鑑み、被申請人が就業規則第五九条により昇給停止、出勤停止、譴責等の懲戒処分をする旨の規定を申請人に適用する虞れがあることから、労働組合は申請人の問題も含めて今後レジスターに関しこの種の事故の発生を防ぐためにもレジスター全般の問題につき被申請人と話合うのを相当と認め被申請人に団体交渉を求めた。そこで申請人は労働組合の指示に従い両者間の交渉が行われるまで始末書を提出するか否かを留保したいと答えたに過ぎない。

ところが被申請人は故なく右団体交渉の申入れを拒否したのである。

申請人が右の如く始末書の提出を留保したいと答えるのはむしろ当然のことであり、このことが職務上の指揮命令に不当に従わずこれに反抗したことにはならない。

従つて申請人に前記就業規則違反の事実はないから本件懲戒解雇は就業規則の解釈適用を誤つたものとして無効である。

(二)、本件懲戒解雇は解雇権の濫用である。

およそ、使用者が労働者を解雇するに当つては使用者側に存する解雇の必要性、労働者の雇用契約上の義務の履行状況、解雇によつて受ける労働者の苦痛等を慎重に考慮し、いやしくも労働者の信頼関係を裏切らないように誠実に行動すべきものである。ところが、申請人は被申請人に雇傭されて以来誠実に職務に従事して今日に至つたものであるのに、これを前述の如き原因不明の事故に藉口して懲戒解雇処分に付したのであるが、右は労使間の信義則に違背すること著しいものであり、権利の濫用である。

仮りに申請人に過失ありとしても前述の如き経緯に照らして考察すれば、本件懲戒解雇は労働者である申請人の死命を制する如きもので不当に苛酷であり、解雇権の濫用というべく右懲戒解雇は無効である。

(三)、被申請人が、本件懲戒解雇を敢てしたのは、申請人の組合活動を厭い、かつ執行委員長たる申請人を職場から排除することにより労働組合を壊滅ないしは弱体化せしめる意図の下になされたものであり、労働組合法第七条第一項に該る不当労働行為である。

労働組合は、昭和三三年六月二三日申請人等が中心となつて結成されたものであり、申請人は労働組合結成当初から執行委員長の職にあるが、被申請人は右結成以来一貫して労働組合の抑圧を企てた。すなわち被申請人は、労働組合結成大会当日従業員等が終業後右大会会場に赴くのを妨げ組合結成後は、「組合に加入すると不良になる」とか「組合に加入するとお嫁に行けなくなる」「役員をやめたらどうか」などと年少の女子組合員に申向けて組合脱退を求める手段に出て、また組合役員に選任された根本幸枝、深作巴に対し役員の辞任、組合からの脱退を強要したり、その他見習従業員の組合加入を阻止したりなどして組合の運営に支配介入した。

更に、組合員中で指導的地位にあつた杉岡澄子に対し就業規則の中で従来適用されたことがなく、空文化している女子三〇才停年制を盾に退職を強要したり、又見習員飯島光子が労働組合に強い関心を抱いていることを察知すると、勤務成績不良を理由に同人を不当に解雇したりした。又昭和三四年六、七月労働組合が夏期手当の要求を行つている際、その団体交渉を理由なく拒否しながら、他方職制につながる事務部男子従業員が発起人となり水戸駅観光デパート従業員組合(従業員組合と称する)が組織されると、その結成翌日直ちに右従業員組合とのみ団体交渉を行い即日妥結したと称して夏期手当金を従業員組合所属の従業員に限り支給するに至つた。そこで労働組合は茨城県地方労働委員会に対し被申請人の前述不当労働行為につき救済を求め、同年一一月二六日右労働委員会の救済命令を得た。本件懲戒解雇は、かかる不当労働行為の経過の中で行われたものであり、被申請人の労働組合抑圧の意図の現れである。被申請人は、申請人の組合活動を厭い、たまたまレジスター不足金の発生に藉口して申請人に対し従来その例を見ない始末書の提出を命じ、申請人が労働組合の指示に従い団体交渉のなかで申請人に関する件も協議されるまで始末書の提出を留保したいと答えているにもかかわらず何等の交渉にも応せず本件懲戒解雇の挙に出でたのであつて、かかる被申請人の処分は申請人の組合活動を嫌悪し併せて申請人を職場より排除することにより労働組合の弱体化を企図したものである。右は労働組合法第七条第一項に該る不当労働行為として無効である。

四、申請人は、賃金をもつて唯一の生活の資とする労働者であり本件懲戒解雇により著しい損害を受けている。しかして、申請人は本件解雇当時において毎月二五日の賃金支払日には少くとも一カ月金六、九〇〇円の支給を受けていたものであるから、雇傭関係存在の本案確定に至るまでその損害を避けるため申請の趣旨記載の如き仮処分命令を求めるため本申請に及ぶ。

と述べ、

被申請人の主張に対する反駁として、

一、被申請人主張の一、のうち、被申請人には三十余の売場があり、各売場毎にレジスターを備えないで一台のレジスターが数店の売場を担当していること、各レジスターの係は早番及び遅番両名の交替制となつており、被申請人主張の如く日に五回の交替引継ぎが行われること、商品が売れた場合における現金収納までの順序及びレジスターの取扱方法が被申請人主張の如き仕方でなされていることは認めるが、その余の主張は争う。昭和三一年被申請人が営業を開始した当時も現在と同様二人交替制であつたが、その引継ぎの方法は次の如くにしてなされていた。すなわち、被申請人は当初レジスター点検の鍵をレジスター係に預けてあつたので、早番及び遅番者は交替するに当つては、右点検の鍵を用いてレジスターの記録紙上に自動的に計出された売上合計額を調査し、これと現金高とを引合わせ過不足の有無を相互に確認の上後任者に引継いでいた。

ところが、点検の鍵を所持していると何時でも売上額に疑問を抱くときは調査ができるため、レジスター担当者が勝手に金銭収受額と記録紙合計額を調整する怖れがあるとの理由で、その後経理係長が田中力となつてから、被申請人は従前レジスター係に手渡していたところの点検の鍵を取り上げるに至つた。そこで点検の鍵が回収されたためレジスター担当者は記録紙の売上合計額と収受現金高とを比較し引合せすることができなくなつた。そして点検の鍵を預つていた当時も交替引継ぎの際その度毎に金種内訳表を作成することはせず、単に点検の鍵を用いて前記方法により現金高の過不足の有無を相互に確認して交替をしていたものであるが点検の鍵を回収した後の引継方法については被申請人は何等の指示も指導もレジスター担当者に行わなかつたので、その後は早番と遅番とが唯席を入れ変るだけの方法によつて引継ぎが行われる慣行となり、本件事故発生時にまで及んだものである。

すなわち、以上の如く被申請人のレジスター担当者は、交替引継の際収受現金の現在高について金種内訳表を作成しないで交替する方法で今日に及んだものであり、申請人のみが収受金額を調査せず又金種内訳表を作成しなかつたものではなく、他のレヂスター担当者もまた同様である。そしてレジスター担当者がかかる方法をとるようになつたのは、従前渡されていた点検の鍵を引上げられたにもかかわらず爾後の引継ぎの方法について被申請人の経理責任者が何等の指示、指導を与えなかつたことによるものである。

従つて申請人のみが、レジスターの交替引継ぎに当り、殊更に金種内訳表、現在高計算を怠つたのなら格別、被申請人売場における各レジスター担当者が申請人と同様な方法で引継を行つていたものであり、そのような方法がいわば慣行として永い間継続し、監督者においてもその引継ぎを怠慢であると詰責したことは勿論、右の方法を是正するために積極的に適切な助言も指導も与えられなかつた状態のもとにおいて、申請人が前記の如き方法を採つたからといつて、その引継方法の適、不適の評価は別として、直ちに申請人らの行為を怠慢として追及することは不当である。本件事故は前記の如く早番者たる申請外桑名と遅番者たる申請人の何れの過失によるのか不明なのであるから、事務引継の怠慢があるとして申請人に対し申請外桑名と連帯して責任を負わせる措置は極めて不当といわねばならない。

二、(一) 同上二、の(一)のうち、同年八月一四日に本件売上金不足の件につき被申請人の理事会が開催されたこと及びその内容は不知、その後同月二五日申請人が橋本経理部長から呼ばれ始末書を提出するよう要求されたことは認めるが、その余の主張は争う。その際同経理部長は、始末書提出後の処置は店主会又は理事会において決定する旨説明したので、右処置の内容を尋ねたところ、同部長はその処置については何も返答しなかつた。ましてや始末書を提出さえすれば譴責に止めそれ以上の懲戒処置は考慮しない等と言明したことはない。

(二) 同上二、の(二)のうち

(1)  その後同年八月二七日、二八日及び同年九月一七日、二六日頃申請人が橋本経理部長から呼出された事実はない。

(2)  労働組合が申請人の本件レジスター不足金に関し団体交渉の申入れをしたが被申請人は本件は申請人個人の業務上の問題であつて団体交渉の議題とすることはできないとてこれを拒否されたことは認める。

(3)  申請人が同年一〇月一日理事長和田裕之介から呼出され、八月二日のレジスター不足金の件につき始末書を提出するよう要求されたことは認める。その際理事長から今後はレジスター不足金はすべて弁償させること、又始末書も提出させる方針であることを話されたので、申請人は、この問題は既に労働組合が取上げ団体交渉で話合い解決を図ることに決定してあるので申請人個人で始末書を書くことはできない、本件で始末書を書けばそれが前例となるであろうから猶更申請人個人の一存では書けない旨回答したが理事長から更に考えるよう申入れがあつたので一たん引退つたものである。

(4)  同年一一月八日理事長の意を受けて田中経理係長らが申請人を呼出したが申請人がこれに応じなかつたことは認める。その際申請人は、理事長には前回話したとおり本件は労働組合が団体交渉の席で解決することを決めているし、申請人個人も同様の考えであるから理事長には何度会つても同じことであるからその旨伝えられたいと返答したに過ぎない。

(5)  その後申請人が、同年一一月二二日付及び同年一二月一七日付被申請人主張の如き内容の各通告書を受取つたことがあり、申請人がいずれもこれに応じなかつたことは認めるがその余の主張は争う。

(三) 被申請人が申請人の母青木みさをに対し信書をもつて同年一二月二七日被申請人事務所へ出頭面談を求めたこと及び同月三一日橋本経理部長らが申請人宅を訪れ始末書提出につき申請人の説得方を母みさをに求めたことは認めるが、その余の主張事実は争う。

(四) その後被申請人が昭和三五年二月二一日付文書及び同年三月一日付警告書をもつて申請人に対し前記始末書の提出方を督促して来たことは認めるが、その余の主張は争う。

(五) 次いで被申請人が同月一三日付通告書をもつて又又始末書の提出方を求めて来たが、申請人は右期限である同月一五日までにこれが提出に応じなかつたこと、ところが同月一六日付文書をもつて本件懲戒解雇処分に付されたことは認めるが、その余の主張は争う。

三、申請人は、被申請人からレジスター手当として毎月金五〇〇円を支給されているが、これは一種の職務手当であつて、現金不足が生じたときこれが補填のため控除されるべき性質のものではない。

昭和三二年七月以降本件事故発生時まで現金不足が生じたからとてレジ手当から控除が行われたことはない。もつとも被申請人が発足後の最初の決算期である昭和三二年六月頃過去一年余のレジスター不足金の一部をまとめてレジ手当から控除されたことはあるが、これとてその根拠、算出方法等について被申請人から全く知らされず被申請人の裁量でなされたものである。

一般に百貨店等においてレジスター取扱の過程で収受現金高と記録紙の金額との間に過不足を生ずることは決して稀なことではなく日常屡々惹起されるところであり、通常の百貨店は売上金額に過不足を生じた場合その誤差を雑損雑収をもつて処理し、個人補償させないのが一般であり、ましてやかかる理由をもつて懲戒解雇に付することはない。

なお申請人が前記の如く理事長と会つたときも、理事長から今回に限り不足金の補填を免除すると言われたことはない。

と述べた。

被申請訴訟代理人は、「申請人の本件申請はいずれも却下する。」との裁判を求め、答弁として、

一、申請の理由第一項は認める。

二、同上第二項は認める。ただし、本件懲戒解雇の事由は、就業規則第五八条(5)項のみによる。

三、(一) 同上第三項の(一)のうち、申請人が昭和三四年八月二日申請外桑名富子とともに洋品売場内の四番レジスターの経理業務に従事し、同日の売上金に四、九九〇円の不足を生ぜしめたこと、同月二五日経理部長橋本庄衛門が申請人に対し右レジスター売上金不足の件で原告主張の如き始末書の提出を命じたが申請人がこれに応じなかつたこと、間もなく労働組合から申請人の右レジ不足金の件につき団体交渉の申入れがあつたが被申請人は交渉事項に該らずとしてこれを拒否したこと、更に被申請人はその後も後述の如く申請人に対し再三右始末書の提出方を命じたが申請人がこれに応じなかつたので、右事実は就業規則第五八条(5)項及び第五九条(5)項に該当するものと認め遂に昭和三五年三月一六日申請人に対し懲戒解雇処分に付したものであることは認めるが、その余の主張は争う。

被申請人においては、レジスター係には早番と遅番との別があり交替して一台のレジスターを使用するが、後述の如く右交替に際し引継金額を明確にすることによつて過誤が早番にあつたか遅番にあつたか明確にされる仕組になつている。ところで前記八月二日の四番レジスターの担当は申請外桑名が早番、申請人が遅番として勤務したのであるが、本件不足金の発生が申請外桑名の取扱中の事故であるか申請人の取扱中のものか不明であつた。しかしこの不明は申請人が申請外桑名と交替し引継ぎをなすに際し在中金額を確認しなかつた怠慢によるものであるから、本件不足金の発生について申請人は申請外桑名と共同して責任を負担すべきものである。

被申請人の如き物品小売業者の組合が金銭管理を重要視せねばならぬことは勿論であつてレジスター担当者の怠慢、過失によつて現金不足を生ぜしめた場合にその責任を追求することは当然である。

そこで被申請人は後述の如く右事故に対処するため申請人に対し「始末書を提出させて将来を戒める」ことに決定し、同月二五日及びその後再三申請人に対し右始末書の提出方を求め反省を促がして来たが、申請人はこれを拒否し労働組合にかくれて反抗を継続したので解雇するに至つたのである。

もつとも、従来売上金の過不足が生じた場合にも始末書を提出させなかつたことはあるが、右の場合はその金高が小額であつたがため被申請人理事会まで申告されず便宜経理事務部において処理したに過ぎず常に始末書の提出をさせない例となつていたわけではない。従つて本件につき始末書の提出を求めたからといつて先例のない不当の要求をしたことにはならない。また右の始末書を提出させる程度の処分をしたからといつて申請人主張の如く労働組合の抑圧を企てたといつて批難するのは誇大に過ぎるものである。

(二) 同上第三項の(二)の本件懲戒解雇が信義則違背、解雇権の濫用であるとの主張は争う。

被申請人は、申請人を懲戒解雇処分に付するに先立ち、後述の如く理事長和田祐之介をはじめ関係部長、課長及び係長らが交互に申請人の説得に努め円満解決すべく努力したが、申請人は話合いに応ぜず始末書の提出を拒否した。また一方被申請人は申請人の母青木みさをあるいは身元引受人内田某を通じて申請人が被申請人の命令に従い職場秩序を守るよう数回にわたり勧告したがこれまた頑強に拒否した。かくて被申請人は当初は申請人を解雇する意思は毛頭なかつたが、解雇せざるをえない事情となつたのである。

労使間の信義則に違反したのは、むしろ申請人である。

(三) 同上第三項の(三)の、本件懲戒解雇が不当労働行為であるとの主張は争う。

もつとも、労働組合が申請人主張の頃申請人等が中心となつて結成されたものであり、申請人が労働組合結成当初から執行委員長の職にあること、申請人主張の頃その主張の如き従業員組合が結成されたこと、労働組合が申請人主張の如き理由をもつて被申請人に不当労働行為ありとして茨城県地方労働委員会に対し救済を求めたところ、その主張の頃右労働委員会から救済命令が出されたことは認めるが、その余の主張事実は争う。

四、同上第四項のうち、申請人が本件懲戒解雇当時において毎月二五日一カ月金六、九〇〇円の金員の支給を受けていた事実は認める。もつとも、右金員の内訳は基本給金五、九〇〇円、レジ補償手当金五〇〇円、通勤手当金五〇〇円であり、レジ補償手当は誤つて金銭不足を生じた場合の補填のための手当であつて、不足額は右支給時に払除き、若し不足額が五〇〇円を超過する場合は翌月分以降のレジ手当から不足額に満つるまで補償せしめ本給から補償せしめることはしない方針となつている。また通勤手当は被申請人において交通費の半額を負担することとしその最高額を五〇〇円と定めたものである。

しかしてその余の仮処分の必要性の点は争う。

と述べ、

主張として、

一、(一) 被申請人におけるレジスター制度は次のようになつている。すなわち、被申請人には数台のレジスターがあり、各レジスター毎に数軒の売場を担当する仕組となつている。そして各レジスターはいずれも早番及び遅番の両名が交替して勤務し、八時から一一時まで、一二時から一三時まで、一六時三〇分から一七時までを早番者が、一一時から一二時まで、一三時から一六時三〇分まで、一七時から二〇時まで遅番者が担当し、早番は八時に出勤し一七時に退勤し、遅番は一一時に出勤し二〇時に退勤する。遅番が出勤すると早番が昼食を兼ねて一時間休憩し、交替して遅番がその後一時間の休憩に入る。一六時三〇分から三〇分間は遅番の休憩のため早番が席に着く。この交替の都度レジスター内の金額を調べ引継をすることになつており、この調査は金種内訳表の記入によつて簡単にできる。そして遅番は閉店後在中金円を調査し金種内訳表に記入し日計表を作成し、現金を鞄に入れて会計係に交付する。レジスターの記録紙は会計係が取外し調査する。また商品が売れると、店員は売上伝票に品名、金額等を記入し客から受取つた現金を添えてレジスター係に差出すのであるが、レジスター係はこれをレジスターに打込んで記録するとともに売上伝票に証印を押して伝票は返えし売上金を収納する。このときレジスター係は自己の取扱つた収支に記号を用いることになつているから、早番の取扱つたものか遅番の取扱つたものかは記録紙に記録されるし、更に売場の区別もレジスターに記録される仕組となつている。従つて、取扱上過誤が生じても交替に当り引継事務を正確に行えば、早番の取扱いによる過誤か遅番のものかは明らかになる仕組となつている。

(二) ところで昭和三四年八月二日訴外桑名富子が早番、申請人が遅番として四番レジスターを担当したところ、同日の売上金に合計四、九九〇円の不足を生じた。すなわち同日の金種内訳表及び日計表の金額と在中現金高は一致したが、売上伝票の合計金額及び記録紙の合計金額とは一致しているにかかわらず在中現金高は右金額に比し四、九九〇円不足していることが確認された。しかして右不足額の発生が申請外桑名の取扱中に生じたものか申請人の取扱中に発生したものかは調査するも遂に不明であつたが、右の如き事態を招いたのは申請外桑名と申請人とが交替引継に際し在中現金高を調査しなかつたことに基因するものであつて、この点において本件不足額の発生は申請外桑名と申請人の共同責任と認めざるをえない。

二、(一) 被申請人は、同年八月一四日理事会を開いて前記同月二日の売上金不足の件につき経理係から調査結果を聴取し討議したところ、申請人が右事故のほか同年四月三〇日にも売上金に一、〇〇〇円の不足額を生ぜしめたこと、その際経理係が申請人が労働組合の委員長であるため遠慮して隠密裡に処理した不都合さも発見したので金銭管理の重要性に鑑み、右八月二日の事故については申請外桑名富子及び申請人の両名に対し始末書を提出させて将来過誤を繰返さぬことに努めさせることを決定した。しかし経理部長橋本庄衛門は、申請人が労働組合の委員長であるため命令的に始末書を提出させることを避けて、同月二五日申請人及び桑名を呼び出し両名に対し被申請人の業務の性質上金銭管理の重要であること並びに多数の売場店主に対する関係をも説明して自発的に始末書を提出する意思を生ずるよう説得を試みた。その際橋本経理部長は右の始末書を提出しさえすれば弁償問題はともかくとしてそれ以上の懲戒処置は採らぬことも明示した。

しかるに、申請外桑名は直ちに始末書を提出したが、申請人はこれが提出を拒否した。

(二) 橋本経理部長は、八月二七日、二八日頃職場秩序維持について懇談すべく申請人を呼出したが申請人は出頭を拒否した。続いて同年九月一七日頃及び同月二六日頃にも懇談のため申請人を呼出したがこれをも拒否した。

その間労働組合から、申請人のレジ不足金の件につき団体交渉の申入れがあつたが被申請人は同月九日労働組合との話合いの席上申請人が始末書を提出することは業務上当然の義務であるから労働組合との団体交渉の議題とすることを拒否する態度を明らかにした。

続いて被申請人組合長和田祐之介は、同年一〇月一日申請人と会見し、経理部長の報告に基いて前記八月二日の売上金に金四、九九〇円の不足があつたこと、この不足は申請外桑名及び申請人の取扱つた四番レジスターで起きたことを申請人に確めたところこれを認めた。

そこで理事長は、協同組合の性質上金銭管理が各店主(組合員)に対する関係で組合役員の重大な責任問題であること、レヂスターの係が前記の如き金円不足に対して始末書も出さず平気で居られては業務の運営上困ることを説明し、始末書の提出方を求めたところ、申請人は自分が始末書を書いては今後に悪例を残すことになる。組合から今日は何も言うなといわれているから、ここでは決めたくない旨述べこれを拒否した。理事長は申請人に対し再考を求め二、三日後に話合うことを約した。

しかるに、その後申請人から何も回答がないので理事長は一一月八日経理係長田中力、経理課長菊池某、あるいは庶務課長吉田剛をして懇談のため出頭を求めさせたが申請人は頑としてこれに応じなかつた。

続いて同月一六日総務部長土田剛もまた申請人と面談し、理事長が折角懇談をしたいと言つているのであるから理事長と話合つて円満に解決すべきである旨説得し同部長持参の始末書に捺印の上これを提出するよう求めたが、申請人は本問題は既に組合が取り上げているから自分個人としては何も言えない、何回理事長と会つても同じことであると思うから被申請人事務所へは行かない。始末書は提出する意思がないとて右提出方に応じなかつた。そこで被申請人は、同月一一日申請人に対し同日付通告書をもつて、同年八月二日四番レジスターに四、九九〇円による現金不足が生じた原因は申請外桑名と申請人との不注意によるものであり、被申請人から前述の如く再三始末書の提出を求められたにかかわらず申請人がこれを拒否して右指示命令に従わないのは、就業規則第五八条(5)項に該当し従業員にあるまじき行為であることを通告し、併せて前記八月二日の不足金発生の事実を認め右不足金のうち半額を弁償する旨記載した始末書の提出方を命じた。

それにもかかわらず申請人は右始末書の提出をしなかつたので、被申請人は同年一二月一七日同日付通告書をもつて申請人に対し、一一月二二日付通告書によつて命ぜられたところを履行するよう熟慮反省を促し、右始末書を同年一二月一八日までに提出するよう通告したが、これまた申請人の応ずるところとならなかつた。

(三) また被申請人は、申請人の母青木みさをを通じ申請人の前記事件に関し交渉すべく、信書をもつて同年一二月二七日組合事務所へ来訪を求めたが来訪を得られず、続いて同月三一日橋本経理部長、吉田庶務課長らが右青木宅を訪問し本件事情を説明し始末書提出に関し申請人の説得方を依頼したところ、同女は被申請人の意図を了解し協力を承諾したが、結局申請人を翻意させることはできなかつた。

(四) こえて被申請人は昭和三五年二月二一日申請人に対し同日付文書をもつて、同月二三日までに前記始末書を提出すべきことを督促したところ、申請人は労働組合の委員長として抗議を申入れて来た。

同年三月一日同日付警告書をもつて、被申請人がさきに同年二月二一日付文書をもつて始末書提出方の再督促をしたところ、申請人は労働組合の委員長としてこれに抗議を申入れて来たが、被申請人としては本問題はあくまで従業員である申請人本人において解決すべき問題であると考えていること、ついては同月三日正午までに前述始末書を提出するよう求め、若し提出しないときはその結果はすべて申請人に責任がある旨の警告を申添えた。しかしこれに対しても申請人からは何も応答がなかつた。

なお右措置と併行して同月二日吉田庶務課長並びに田中係長をして前記青木みさをに対し再度申請人の説得方を依頼したが、同女は前回も始末書を提出するよう勧めたが娘は受付けなかつたし、本人の意思に委かせるよりほかないと思われるからこれ以上説得できないとの回答であつたので、右試みも失敗に終つた。

(五) 次いで被申請人は同月一三日申請人に対し、同日付通告書をもつて、前記昭和三四年八月二日の事故は申請人らの不注意によるものであること、今後は十分注意し再度かかる事故を起さないことを誓うこと、そして右の件については寛大な処置を願う旨の文案を示した上右の如き始末書を三月一五日正午までに提出することを命じ、若し右期日までに提出しないときは就業規則に基づく処分をせざるをえない旨最後的通告をなした。しかし申請人は右期日までに始末書を提出しなかつた。

以上のとおり被申請人は、本件事故の拾収につき深甚な注意を払つて対処し申請人に対し従業員として正常な行動を要求したが、申請人は終始これに応じなかつたものである。そこで被申請人理事会は同月一五日慎重審議の結果、本件事故は申請人と申請外桑名富子との共同責任と認められるにかかわらず理事長はじめ上司の指示命令に従わず始末書も書かず弁償も認めないことはレジスター係の職責を放棄するものであり、被申請人の正常な業務の運営を阻害するものであること、そして申請人を配置転換し他の係を命じても労働組合至上主義的な誤つた観念を持ち、従業員としての職責を尽す意思が見られない以上は更に業務の運営を阻害されるばかりであるから、就業規則第五八条(5)項、第五九条(5)項によつて懲戒解雇すべきものと決定した。しかして、同日開催された店主会においても満場一致をもつて理事会の右決定に賛意を表した。

よつて、被申請人は同月一六日申請人に対し同日付文書をもつて懲戒解雇の意思表示をしたものである。

三、被申請人は、レジスター係に対して金銭取扱上誤つて不足を生じた場合の補填のため一人につき月額五〇〇円のレジ手当を支給している。現金に不足額を生じたときは右五〇〇円を支給する際に払除く、若し不足額が五〇〇円を超過する場合は翌月分以降のレジ手当から補償せしめて本給から補償せしめることはしない方針である。

被申請人は、従前労働組合から現金不足金をレジ係に補填させないよう要求され、又本件事故発生後も右制度の廃止を屡々要求して来たが、レジ手当を支給して補填責任を継続せしめることが適当であるから、労働組合の右要求を拒否し右制度を維持して来た。

もつとも、本件においては和田理事長が申請人と会見した際今回に限り右補填を免除し始末書の提出だけで解決とする提案をなしたが申請人はそれも拒否したので、原則どおり不足金を補填せしめる方針に戻つたのである。

と述べた。

第二、証拠関係〈省略〉

理由

一、被申請人が、水戸市柵町三七番地に本店を有し水戸駅構内において各種物品の販売を営む協同組合であり、申請人が昭和三一年七月一五日被申請人に雇傭された従業員であつて、被申請人の従業員をもつて組織する水戸駅観光デパート労働組合の執行委員長の職にあること、被申請人が昭和三五年三月一六日申請人に対し同日付文書をもつて就業規則第五八条(5)項に該当する事由があるとして同就業規則第五九条(5)項に基づき懲戒解雇する旨意思表示をなし、右文書が翌一七日申請人に到達したことは、当事者間に争いがない。

(なお、成立に争いのない乙第二号証の二(解雇通知書)によれば、被申請人は申請人の行為は前記就業規則第五八条(5)項のほか同条(2)項にも該当するものとして同就業規則第五九条(5)項を適用したものであることが認められる。)

二、そこで申請人に前記就業規則所定の懲戒解雇事由が存するか否かについて判断する。

(一)  まず、本件不足金の事故発生から申請人が懲戒解雇されるに至る間の経過について考えてみるに、成立に争いのない疎甲第一号証の一ないし三、第二号証の一、二、第四号証の一、二、第七、八号証、疎乙第二号証の一、二、第六号証の一、二、第七、八号証、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる疎乙第九号証の一、二及び被申請人代表者本人尋問の結果により真正に成立したと認められる同第一一号証に証人筧静枝、和田郁子、藤田真澄、田中力、吉田剛、橋本庄衛門の各証言並びに申請人本人及び被申請人代表者和田祐之介本人尋問の結果を綜合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(1)  被申請人においては、各レジスターはいずれも早番及び遅番の両名が一組となり交替して業務を担当する制度となつているが、昭和三四年八月二日申請人が遅番として申請外桑名富子が早番として洋品売場内の四番レジスターの経理業務を担当したところ、同日の売上金に四、九九〇円に上る現金不足を生じた。そこで経理部において右の原因を調査したが、右現金不足の発生が当日の担当者である申請人及び申請外桑名富子のうちいずれの過誤に因るものか不明であつた。

(2)  同月一四日被申請人の理事会が開かれ、経理部長橋本庄衛門から右事故の発生とこれに対する同日までの調査の結果とを報告し、右の件につき討議の結果、爾後の措置は経理部長の判断に委ねることになつた。

(3)  そこで橋本経理部長は、なお前記の調査を続行したが、右事故の原因はこれを詳らかにすることはできなかつたけれども、申請人らの担当中に惹起された事故であることは動かぬところと確認されたので、申請人及び申請外桑名の両名に対し始末書を提出させて将来過誤を繰返さぬことに努めさせるとともに右不足金を弁償させる方針を決定した。そして、同月二五日申請人及び申請外桑名を呼び被申請人の業務の性質上金銭管理の重要なこと、従つてレジスター担当者の職責の重要なことを話し、右事故の責任を明らかにするため右事故の顛末を記し将来過誤を繰返さぬことを誓う旨の始末書の提出並びに前記不足金を弁償すべきことを勧告した。しかして申請外桑名は右勧告に応じ直ちに右始末書を提出し不足金を弁償すべき旨承諾したが、申請人は始末書提出後の処分の有無について経理部長に問いただしたところ、経理部長はその後の処置は理事会又は店主会の決定するところである旨答えたので、申請人は始末書提出後の処分の有無がどのようになるのか不安であつたし、又従前本件と同様の売上金の不足を生じた場合にも始末書を徴し不足金を弁償せしめた例を聞いたことがなく、特に本件においては事故発生の原因が不明であるのにかかわらず右の如き始末書の提出等を要求することに対し疑念を抱いたので、経理部長の右勧告に応ずることを留保した。

(4)  橋本経理部長が申請人に対し本件事故につき始末書の提出方を求めたことを知つた労働組合は、本件事故はその発生原因が不明であるし、かかる事故が起きても従前始末書を徴した例がないこと等から考えて右の措置は不当であるし、又当時被申請人が労働組合に対し種々いやがらせを行つて来た経過に鑑みても右の措置には不明朗なものが感じられるとして、本件事故の問題は被申請人におけるレジスター制度全般に関する問題として労働組合において採り上げるべきものであるとの決定を打出し、同年九月三日被申請人に対しレジ不足金の件としてその他の議題とともに団体交渉の申入れを行つたところ、同月九日団体交渉が持たれたが、被申請人の理事会側は本件不足金の問題は申請人個人の業務上の問題であるとしてこれを議題とすることを強く拒否した。そして、被申請人が爾後も右の態度を維持したため本件不足金の問題については最終段階に至るまで遂に労働組合と、被申請人との間には団体交渉ないしその他話合いの機会は持たれないままで終ることとなつた。

(5)  その後被申請人理事長和田祐之介は同年一〇月一日申請人と会見し、前記八月二日の売上金に現金四、九九〇円の不足が生じたこと、この不足金は同日申請人及び申請外桑名が担当した洋品売場内四番レジスターにおいて起きたものであることを確めたところ、申請人は右事実を認めた。

そこで和田理事長は申請人に対し被申請人が協同組合である性質上組合員である各店主に対する関係上金銭管理が重大な問題であること、従つてこれが業務を担当している経理部長をはじめ経理部職員並びにレジスター係の職責がまた重大であることを説明し、売上金の不足が生じた場合には始末書を書き不足金を弁償するのが相当である、その補填のためにレヂ手当として月五〇〇円を支給してあるから今後は右の方針で行きたい、本件事故については既に監督者である経理部長等からは始末書を徴してある、当日の担当レジ係であつた申請人としては右の責任を明らかにする意味において橋本経理部長の指示勧告に従い始末書を提出し不足金を弁償すべきである旨説得に努めたが、申請人は本問題は既に労働組合が取上げレジスター制度全般に関する問題として解決を図るべく努力しているのであるから申請人個人としてこれに回答することはできない、本件で始末書を書きそれが前例となるのでは猶更申請人個人の一存では始末書を書けない旨答えたところ、理事長は更に再考を促がし二、三日後にもう一度話合うことを申入れたので、申請人もこれを承諾した。

(6)  しかし、その後申請人から会談の申込をしなかつたところ、和田理事長は一一月八日経理係長田中らをして前回の回答を求め懇談をするため申請人の出頭を求めさせたが、申請人は前回理事長に申述べたとおり本問題に関しては労働組合との団体交渉において話合い解決すべきが相当であるからとて右出頭を拒否した。

(7)  続いて同月一六日被申請人総務部長土田剛が申請人と面談し、本問題については理事長と会つて話会いで円満に解決すべきである旨勧めた上、用意した始末書を呈示してこれに署名押印を求めたところ、申請人は前回理事長と会つて話したとおりであつて申請人個人としては始末書は書けないし、又理事長に会う積りはないとて、右申入れを拒否した。

(8)  その後被申請人は同月二二日申請人に対し同日付通告書をもつて被申請人主張の如き内容の通告をなしたが、申請人は前と同様の理由で右始末書の提出を拒否した。更に被申請人は同年一二月一七日申請人に対し同日付通告書をもつて被申請人主張の如き内容の通告をなしたが、申請人は右要求に対してもまたこれに応じなかつた。

(9)  労働組合は、一二月二一日被申請人との間に年末手当の件につき団体交渉をなしたところ、右の件については幸いに妥結を見たので、その直後の席上において理事会に対し本件売上金不足の件につき申請人に対し始末書の提出並びに不足金の弁償を要求して来ているが、本件に関しては労働組合を通して団体交渉なりその他話合いを重ねて解決すべきものである旨要望したところ、当日の理事会の最高責任者である中山専務理事は本問題については年が明けてから話合いたい旨発言があつたので労働組合はこれを了承した。

(10)  しかるに、その後被申請人は翌昭和三五年一、二月の間も労働組合との間に話合いの機会を持つことがなかつたところ、同年二月二一日に至り申請人に対し同日付文書をもつて、同月二三日までに前回昭和三四年一一月二二日付通告書をもつて求めたと同様の始末書を提出すべきことを要求した。これに対し労働組合は同月二三日被申請人理事長に対し同日付申入書をもつて、申請人に対し本件レジスター不足の件につき再度始末書の提出を強要して来たが、本問題は申請人個人の問題ではなく、レジスター制度全般に関する問題として労働組合との間に団体交渉を通じ話合を重ねて解決すべきものである、申請人個人に対し一方的に処置を押付けるのは不当である、本問題については追つて団交の申入をしたい旨抗議した。

(11)  被申請人は同年三月一日同日付警告書をもつて申請人に対し被申請人主張の如き内容の通告をなし始末書の提出を求めたが申請人はこれに対し何ら応答をしなかつた。

(12)  次いで被申請人は同月一三日申請人に対し同日付通告書をもつて、被申請人主張の如き内容の文案による始末書を同月一五日正午までに提出するよう命じ、若し右期日までに始末書の提出がないときは就業規則に基づき処分をせざるをえない旨最終的通告をなした。しかし申請人は前同様の理由により指定された同月一五日正午までに右の始末書を提出しなかつた。

(13)  その頃から店主会において、申請人が本件レジスター不足金発生の責任について被申請人から始末書の提出を求められながら強く拒否して、これに応じないというのでは金銭管理の厳正を維持することも職場秩序を保持することもできない、早く処置すべきであるとの強い意見が出て来た。

そこで被申請人は同月一五日理事会において申請人に対し就業規則第五八条(2)項及び(5)項、第五九条(5)項を適用し懲戒解雇に付することに決定した。

(14)  そして翌一六日申請人に対し同日付文書をもつて前記の如く懲戒解雇の意思表示をなしたものである。

以上の事実が認められる。(もつとも、前記事実のうち、申請人が昭和三四年八月二日申請外桑名富子とともに洋品売場内の四番レジスターの担当業務に従事し、同日の売上金に四、九九〇円の不足を生ぜしめたこと、橋本経理部長が同月二五日申請人に始末書の提出を求めたが申請人がこれに応じなかつたこと、理事長和田祐之介が同年一〇月一日申請人に対しレジスター不足金の件につき始末書の提出を命じたが申請人が応じなかつたこと、同年一一月八日理事長の意を受けて田中経理係長らが申請人の出頭を求めたが申請人がこれを拒否したこと、被申請人が同年一一月二二日及び同年一二月一七日被申請人主張の如き内容の各通告書を送つたが、申請人がいずれもこれに応じなかつたこと、被申請人が昭和三五年二月二一日及び同年三月一日被申請人主張の如き内容の文書を送り始末書の提出方を求めたが、申請人がいずれもこれに応じなかつたこと、被申請人が同月一三日申請人に対し同日付通告書をもつて被申請人主張の如く始末書の提出を求めたが、申請人がその期限である同月一五日正午までに右始末書を提出しなかつたこと、そして遂に被申請人が同月一六日付文書をもつて申請人に対し本件懲戒解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。)

(二)  次に被申請人は、本件売上金不足の事故は同日の担当者であつた、早番の申請外桑名富子と遅番の申請人とが交替をするに当り引継ぎを正確に行わなかつたことが原因で発生したものであり、申請人ら両名の共同責任であるから、申請人は始末書を提出すべきであると主張するのに対し、申請人は、本件事故はその原因が不明であつて、申請人の怠慢によるものではなく、むしろ被申請人におけるレジスター制度の欠陥に基因するものというべく、申請人に始末書の提出を命ずることは不当である旨主張するのでこの点について検討する。

証人筧静枝、和田郁子、藤田真澄の各証言並びに申請人本人尋問の結果を綜合すると、

(1)  被申請人は、前記の如く物品の小売店が組合員となつて構成された協同組合であつて、本件事故発生当時計三三軒の売場を有し、六台のレジスターを備え各レジスターがそれぞれ四軒ないし六軒の売場を受持つて経理事務に当つていること、レジスター係は人員約二〇名であつて、早番及び遅番の二名が次の如く一日五回交替して一台のレジスターの操作を担当していること、早番の者は八時までに出勤し八時から一一時まで、一二時から一三時まで、一六時三〇分から一七時までの間を担当し一七時に退勤する、遅番の者は一一時までに出勤し一一時から一二時まで、一三時から一六時三〇分まで、一七時から二〇時までの間における事務を担当し、二〇時に退勤するという方法で一日五回交替が行われていること、一日の勤務が終ると遅番の者がレジスターの現金を調査計算し金種内訳表を作成し、日計表を記載し、現金はズック製のカバンに入れ、被申請人の経理部事務所に持参しておき、レジスターの記録紙は翌日経理部員がこれを取外して、右金種内訳表、日計表と照合し現金を計算して前日分として会計に収納する建前となつていたこと。

(2)  被申請人に備付けのレジスターは殆んどナショナル金銭登録機であるが、被申請人は開店発足の当初においてはレジスター要員に対し右機械操作並びに取扱いに関する実務の訓練をしたけれども、レジスター係が交替引継をなすに当つての注意並びに方法については特段の指示ないし指導はしなかつた。そのため、本来ならばレジスター係が交替するに当つては、後番者は前番者との間に、記録紙の売上高と現金高とを調査し過不足の有無を相互に確認する等相当な方法によつて担当事務の引継をなすべきものであるところ、被申請人のレジスター係の間においてはいつの間にか担当事務の引継方法は簡易化され本件事故発生当時は、レジスター係は早番の者も遅番の者も交替時間が来れば単に席を交替するのみで、交替の度毎に相互に売上高及び現金高を確認し合う等の方法をとることなく、担当事務の引継をする習慣となつていたこと。

もつとも、当初はレジスター係は、被申請人からレジスター点検の鍵、清算の鍵、記録紙を入れ替える鍵を預かつて担当業務に従事していたから、レジスター係が売上金額や現金高に不審ないし疑念を抱くときは随時点検の鍵を使用して記録紙上の売上金額及び現金高とを照合し過不足の有無を調査することができ、事故の発生に対して対策を講ずることができたので、従前のレジスター係はかかる方法で在中現金の過不足の有無を調査し相互に金額を確認して交替引継をすることが可能であり、かかる引継方法を採つた例もないわけではなかつたが、経理監督者が当初の住谷係長から田中係長に替つてからは、右の如くレジスター係に自由に記録紙の売上高等を点検させることができる方法は却つて現金収受の上で不正を誘発し易いとの理由から前記点検の鍵等をレジスター係に預けない方針となつたため、レジスター係が売上高や現金高に不審の点を感じてもこれを点検して事故の有無を確認することができなくなつたため、前記の如く交替の都度金額の相互確認の方法によつて引継をすることが困難となつた。このことが又前記の如くレジスター係の交替に当り単に席を入れ替るだけの便宜の方法によつて事務引継をなすことを慣行化することを余儀なくさせたこと。

しかして、本件昭和三四年八月二日の事故発生の際における早番桑名富子と遅番申請人との間における担当事務の引継も前記の如く慣行化した単に座席を交替するだけの方法によつて引継が行われたものであること。

(3)  更に、レジスターには当該金銭の取扱者が何人であるかを記録紙上に明らかにするために責任ボタンなるものがあり、右責任ボタンの符号が記録紙上に打出されることにより当該金銭を取扱つた責任者が早番であつたか遅番であつたか識別できるようになつているけれども、本件事故発生当時申請人らが担当した洋品売場内四番レジスターは責任ボタンが壊われAという一箇の符合のみしか記録紙上に打ち出せない状態となつており、しかもレジスター係は被申請人に対し右の修繕を求めたが、被申請人は早急にこれに手を着けようとせず右の如く故障のまま放置されてあつたから、記録紙上の責任ボタンの符号からは金銭取扱者が誰であつたかを判別できない状態であつたこと。

又、被申請人においては、各売場から売上伝票と代金とがレジスター係に廻つて来ると、係は現金収受を確認するため引合印なるものを売上伝票に押捺することになつているが、本件事故発生当時引合印は各レジスターに一個備え付けてあるのみで早番及び遅番にそれぞれ各自の引合印を有していたわけではなかつたから、売上伝票を調査しても金銭取扱者が誰であつたかは発見できない状態であつたこと。

以上の事実が認められる。そして右認定に反する証人田中力、同吉田剛、同橋本庄衛門並びに被申請組合代表者和田祐之介本人の各供述部分は信用しない。

しかして、以上の事実から見ると、成程申請人らの本件事故発生当日の四番レジスターにおける担当事務の引継ぎ方法は本来のレジスターの事務引継の方法からいえば十分なものではなかつたことが認められるけれども、申請人は既に慣行化され監督者からも容認されていた前記方法に従つて担当事務の引継をなしたものであつて特に申請人に事務引継上の怠慢があつたとは認められないし、右引継方法が十分でなかつたことが本件事故発生の原因とは考えられない。もつとも、本件事故は外部の者が不正行為をしたために発生したものではなく、申請人と桑名富子が四番レジスターの経理業務を担当した間に生じたものであるから、右両名のうちの何れか一人の、又は両名の業務上の過失によつて生じたものと一応は認められるが、その過失が申請人の過失であつたとは断定できないのであるから、かかる場合共同で使用者に対し責任を負担する旨の特約でもあれば格別、そうした特約の認められない本件においては申請外桑名及び申請人の行為が民法第七一九条にいわゆる共同不法行為であると即断することはできないし、刑法第二〇七条における場合と同様に論定すべき筋合のものでもない。しかしながら、被申請人の如き協同組合においては金銭管理がその業務の重要部分を構成しているのであるから、被申請人が本件売上金不足額の発生に対しその責任を正し業務上の規律を維持すべく欲し、当日のレジスター担当者であつた申請外桑名及び申請人に対し事故の責任を求めて来るのはやむを得ないところでもある。

ところで、本来使用者は経営秩序を維持し職務規律を保持するため相当な措置を採り得るのであり、従業員は右措置が明らかに不法であるか、著しく不当であることが明白な場合を除き右措置に服従すべき義務があるといわねばならない。

そして被申請人は前記(一)に認定の如く本件事故の発生については申請外桑名と申請人両名の共同責任であるとして各自に始末書の提出を命じたのであるが、被申請人が申請人に対し命じた右始末書の内容は当初は前記甲第二号証の一、二によれば本件不足金の半額の弁償を承認する趣旨のものであつたことが認められるが、始末書提出については申請人の態度が強硬であるので、被申請人の理事役員らは慎重にその取扱方を協議し、最後には弁償を求めないこととし本件事故は申請外桑名と申請人とが担当中に生じたもので、いわば両名の不注意によるものであることを認め、今後かかる事故を起さないことを誓う趣旨の始末書だけでもよいと譲歩したことは前記甲第四号証の一、二、証人橋本庄衛門、吉田剛の各証言並びに被申請人代表者和田祐之介本人尋問の結果認められるところであるから被申請人が右趣旨の始末書の提出を命じたからといつて著しく不当な措置とは認められず、申請人は右提出命令に応ずるのが相当であるといわねばならない。

(三)  よつて進んで就業規則該当の有無について判断する。

成立に争いのない乙第一号証によると、就業規則第五八条には、従業員に対する懲戒事由を規定し、その(2)項において従業員が「故意怠慢過失又は不行届によつて事故を起し、或はこれによつて店の信用を害し又は損害を生じた時」、又(5)項において「職務上の指揮命令に対し再三警告を受けるも不当に従わずこれに反抗した時」は懲戒に付する旨定めていることが認められる。

ところで、本件売上金不足を生じたことについては、申請人の行為に過失があると断定できない以上、就業規則五八条(2)項又は(5)項に該当するとはいえない。又、被申請人が主張する申請人の違反事実は、申請人が始末書の提出命令に応じなかつたというにあるが、被申請人は本件事故発生後間もない昭和三四年八月二五日から本件懲戒解雇の直前である昭和三五年三月一三日までの間数回にわたり経理部長及び理事長が口頭をもつて、あるいは通告書等の文書をもつて申請人に対し前記内容の始末書の提出並びに不足金に対する弁償を求め、最後には弁償金はともかくとして始末書を提出することによつて一切を解決したいと申出でたのに対し申請人は本件は団体交渉で論議さるべき事項であるとの主張を譲らずこれに応じなかつたものであることは、前認定のとおりである。そして本件事故は申請人の過失によつて生じたものと断定できないことは前説示のとおりであるけれども前記の趣旨の始末書を提出することは業務に関連するもので申請人の義務と解すべきであるから、これを拒否することは就業規則第五八条(2)項には該当しないが同条(5)項には一応該当するものと認められる。

しかしながら、申請人の行為が就業規則第五八条(5)項に該当するからといつて直ちに同規則第五九条(5)項所定の懲戒解雇に値するものと即断することのできないことはいうまでもない。懲戒解雇処分は労働者をして終局的に当該職場から排除し絶対的に労働者の反省の機会を奪うものであるから、懲戒解雇該当行為というには、当該行為の態様が重大かつ悪質であり、情状の重いものでなければならないと解すべきであるから以下右の点につき検討する。すなわち、申請人本人尋問の結果によると、申請人が八月二五日橋本経理部長から始末書の提出を求められたがこれに応じなかつたのは、前記(二)(3)認定の如く、被申請人においては本件事故発生に至るまでレジスターに現金不足が生じても始末書を提出させ、不足金を弁償された事例がなかつたのに、本件に至つて突如右措置を採ることに不審を抱いたこと、又申請人が橋本経理部長に対し始末書提出後の処分の有無について問うたところ、爾後の処分は理事会ないし店主会が決定する旨答えたので、本件については始末書の提出のみでは事済みとならないことが予想され、更に当時被申請人が労働組合に対し嫌やがらせを再三繰返えしていたので組合の執行委員長の地位にある申請人としては右経理部長の命のままに始末書を提出するとどんな処分を受けるかも知れないと不安を感じたため右命令に応ずることを留保したものであること、又同年一〇月一日理事長から話のあつたときは、前記(二)(4)(5)に認定の如く既に労働組合が本件問題を取り上げレジスター制度全般に関する問題として団体交渉を通じ解決すべき方針を打ち出し団体交渉の申入れをしていたから、申請人個人としては労働組合の団体交渉を通じて解決すべきを相当と考え、右解決のあるまで始末書の提出に応ずることを留保したものであることが認められる。

しかして、証人筧静枝、同和田郁子、同藤田真澄の各証言並びに申請人本人尋問の結果を綜合すると、被申請人においては、本件事故発生に至るまでこの種事案に対し前記の如き始末書の提出を求めた事実は全くないこと、不足金の弁償の点についてもレジスター係のうち昭和三二年頃過去一年分の不足金につき総括的に弁償として給与から差引かれた者があつたけれども、その後は絶えて不足金の弁償を命じた例はなく、そして過不足が生じても経理上は雑損雑収として処理されていた事実が認められる。もつとも証人橋本庄衛門、同吉田剛の各証言並びに被申請人代表者和田祐之介本人尋問の結果を綜合すると、被申請人としてはレジスター係が売上金の不足を生ぜしめた場合には本来その者に対し金額の大小にかかわらず始末書の提出並びに不足金を弁償させるべきであると考えていたが、従前発生した不足額はたまたま小額であつたため敢えて右の措置を採らなかつたに過ぎなかつたこと、そして本件事故についてはその金額も少額といえないので問題とすることになつたのであり、本件事故発生後の八月一四日の理事会において従前売上金不足が生じても始末書をとらず弁償もさせなかつた取扱が発見され、そのことが問題となり監督者の責任が追求された事実が認められないではないけれども、そのことは従前本件の如き事案に対し始末書の提出を命じた例が皆無であり、弁償金を徴しないことがいわば慣例ともなつていたことを否定することにはならない。

又、いずれも成立に争いのない疎甲第六号証及び疎乙第一〇号証の一、二に申請人本人尋問の結果を綜合すると、被申請人は本件事故発生の前後において労働組合に対し申請人主張の如き行為をなし労働組合の運営に支配介入した事実があり、労働組合が昭和三四年八月二五日茨城県地方労働委員会に対し救済命令の申立をなしたところ、同年一一月二六日同委員会から労働組合の申立の趣旨に副う救済命令が発せられた事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

更に、労働組合が同年九月三日本件不足金の問題を取り上げレジスター制度全般に関係する問題として団体交渉を通じ被申請人との間にこれを解決しようとして努力していたことは前記(一)に認定のとおりである。

そうすると、労働組合の委員長である申請人が、被申請人から労働組合に対し再三支配介入行為がなされているという情勢下において前例のない始末書の提出を命ぜられたことに対し不審と不安の念を抱き右命令に直ちには応じ難いとして留保を求めたことも、無理からぬと考えられるし、又労働組合の組合員である申請人が組合の統制に服し組合の方針に従つて組合による解決を待とうと欲し、これを固執したことは申請人と桑名との業務担当中に発生した事故を徒らに団体交渉に持ち込もうとするもので、いささか行き過ぎの嫌はあるけれども、本件の場合労働組合の団交によりレヂ制度の運用全般事件発生防止の対策、損害補償の問題等につき協議することは客観的にみて必ずしも不当とは思われないので、申請人が労働組合による解決があるまで始末書の提出を留保したいと述べたことについては斟酌さるべき事情があると認められる。

一方本件事故の発生について申請人と申請外桑名とのいずれに過失があつたか判定できないのは、被申請人におけるレジスター制度の運用上の拙劣さ、あるいは担当者に対するレジスターの操作ないし引継事務に関する指導、訓練の不足に基因するものと考えられることは前認定のとおりであり、そして本件の如き問題が厳密な意味において団体交渉事項となりうべき性質のものか否かは暫く措くとしても、本件事故に対する処理の問題を含めてレジスター制度全般に関する根本的な方策を論議することは広く労働条件に関する問題と言えなくもないのであるから、被申請人としても雅量を示し労働組合との話合いに応ずれば、本件のような深刻な紛争を惹起することなく容易に解決できたことが窺われるので被申請人の態度にも遺憾な点があつたことが認められる。

しかして、被申請人の前記就業規則第五九条においては、懲戒処分につき譴責、出勤停止、昇給停止、諭旨退職及び懲戒解雇の五種類に分別し、同規則第五八条(5)項に該当する場合これに対する懲戒処分として、出勤停止、昇給停止及び懲戒解雇を行うことができる旨定めている。ところで、およそ就業規則は使用者が一方的にこれを制定し得るものであるけれども、一度客観的に定立せられた以上は一つの法的規範として使用者及び従業員双方を拘束するに至るのであり、使用者が就業規則を適用するに当つても決して自由裁量が許されるわけではなく、該当事実存否の認定、情状の判定及び処分の量定等について慎重検討の上客観的に妥当な適用をしなければならない義務があるものといわねばならない。そして懲戒解雇は前述の如く従業員を終局的に当該職場から排除し絶対的に反省の機会を奪うもので精神的経済的に重大な不利益を与える処分であるから、違反行為の態様及び結果が重大かつ悪質である等情状の重いものでなければならないと解すべきところ、前叙の諸事情を斟酌するときは、申請人が始末書の提出に応じなかつた行為は、改悛の見込なく情状の重いものとして即時解雇に値するものとは速断し難い。そして被申請人が、前認定の如く、出勤停止あるいは昇給停止の処分を考慮しないで一挙に懲戒解雇に処するということは苛酷であり、就業規則の適用上妥当な措置とは認められない。従つて本件懲戒解雇処分は客観的に妥当性を欠く処分であり、就業規則の適用を誤つたものとして無効であるといわねばならない。

三、申請人が本件懲戒解雇当時毎月二五日に基本給五、九〇〇円、レジスター手当五〇〇円、通勤手当五〇〇円、合計六、九〇〇円の支給を受けていたことは当事者間に争いがない。

ところで、労働者にとつて賃金の支給を絶たれることは、特段の事情のない限り、その生活に著しい損害を蒙るであろうことは明らかである。しかして、申請人本人尋問の結果によると、申請人は未婚であり母と生活を共にしているけれども、家計必ずしも裕福でないことが認められる。そうすると申請人は本件解雇により少くとも右給与相当の損害を蒙りつつあることが推認される。

以上のとおりであるから、本件申請は申請人主張のとおり権利保全の必要性があるものと認める。

四、よつて本件申請は理由があるから、これを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 和田邦康 諸富吉嗣 浅田潤一)

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